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麦わら帽子2017年4月19日

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二十四節気 穀雨 前の 放送です
オープニングでしょ
麦音ライブ
神社春まつり
国体
メロンは
エンディング
 曲は 加川良さん 追悼 で 

オンデマンドはこちら


さくらより早い りんごが・・・

昨年食べたあとのりんごの種を発芽させて 苗を作り 定植しました
越冬できるかどうかが 不安でしたが ようやく新芽を確認し 昨日 葉の展開をみました
あと6年 実がなるかどうか ならなくても ハウスの 防風林代わりとして 活躍を期待しつつ ことしも 地域の方が作られたりんごのたねを養生して 定植予定です
 可愛い 新芽 御覧ください ピン甘いけど・・

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ネズミの仕業

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自然栽培に移行してから 年々ネズミが増え続け ときには 悩ましいことがたくさん起きます
有機でやっていたときにはさほど気にならなかったのですが
とにかくトンネルが多くなりました
冬は 比較的温度の高いハウスの中 ネズミが ハウスの下ほぼ全部を縦横無尽に穴を掘り 生活しています ミミズや その他の虫 残った根っこ などを食べているのだと思います
複雑なトンネルは 何処でどうつながっているのか 掘りやすいところは 崩れなくて 乾いていて 程よい湿り気があって まあ 土壌の好条件のところですね
春先は キャベツや ケールの定植 枝豆の播種 から始まりますが キャベツ ケールは 苗をかじられます


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 枝豆は 祝黒を 25センチ間隔で 2粒づつ 50mが4本 1600粒ぐらいですが 撒いた翌日にはすべて消滅してました 一度に食べきれないので 巣に持ち帰り 溜め込んでいるのでしょう それで 次の繁殖に備えるのだと思います ねずみ算という言葉があるのですが 環境に的応してしか 数は増えません 飽和状態で終わりです
 先日来 トラップをかけてますが 皆目外れ 今朝ようやく 籠に 一匹かかりました 川向うへリリースですが あと何匹居るのやら トンネル 鼠落し シート かご 各種色々 エサも カシューナッツに 柿ピー 黒大豆 いろいろです
 ネズミとの戦いですが 彼らにとって ヒトは よけいな存在ですが・・・ 

玉ねぎです

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玉ねぎの苗箱への播種です 苗箱ひとつに 5~600株入ります 陸稲の苗も 同じ方法です
課題は 苗箱の土を少なめにして 底に紙を敷かずに 根を早期に突き抜けさせる方法が 有効かもしれません 苗の成長度合いが かなり早くなりそうです 昨日は ネズミが ほじくり返してました 他にもほじるところはたくさんあると思うのですが 何故か 苗箱なんですよね なぜほじるのか ネズミに聴いてみたいですが・・
この播種方法 お試しくださいな

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今年の播種方法は


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例年 播種は 不耕起なので 播種機を押し付けて地面を割り 播種をしてましたが 播種精度の向上を狙い V字ホウで 播種溝を掘るやり方でやってみました
 結果は 溝の深さで 発芽タイミング 発芽率がばらつき 播種溝を埋め戻してから 撒き直すやり方を次回 アレンジです
 焼き畑法も取り入れて 一度焼かれた草が 同じ種類で生えてくるかどうかも 関心のあるところです
  さて 今年の 葉モノは どうなるか楽しみです


麦わら帽子2017年4月5日

kyokujitu.jpg七年目 150回を超えて 基本構成は 此処何年か 変わらずに続けていますが 中身は随分と変わって 来たように思います
 2011年 3月スタート その頃は ネタで構成してましたが 日常の話題へと 変わってきて メインを一つ入れてます

オープニング
種まき
神話 虫 トマト
エンディング こんな感じでした 
オンデマンドです

今知りたいこと 其の壱拾弐 大國主命

大国主の命 の 国譲り わかりやすい 漫画があったので 引用させていただきました


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今知りたいこと 其の拾壱 補足です スサノウと 大国主命との関係は

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前述で 大国主の命が 国譲りで 天照大御神の 一族に 國を譲り 出雲大社を建てることになりましたが
スサノウ一族の中で 大国主の命は 誰に当たるのか 親等は? と言う部分にふれていませんでした

少し 曖昧に感じますよ と言われたので はっきりさせておく必要があると思いました

家系図はありますが 古事記と 日本書紀とでは 食い違いがあります 其の理由で 子孫 と記述されています

スサノウの娘と結婚しているので 素戔嗚尊スサノウノミコトは大国主の命の義理の父になりますが 本人は 六代後の子供になります なおかつ娘と結婚したので 整合性に欠ける部分なのでしょうか

 家系図を 出したので 見てください スサノウから 大国主の命までの間には さほど物語が見られず 大国主の命まで 時代が飛んでいることに気が付かれるとおもいます

 何か理由があるのかもしれません 神官に 聴いてみようかと思いますが 教えてくださるかどうか 楽しみです

 大国主の命にあっては 因幡の白兎など 数多くの話が存在し 出雲神話 として 別に 書かれています

 農業の普及 医療 など 数多くのことに従事されたとあります また たくさんの 妻や 子に 恵まれたとあります
 実生活向きの神様なんでしょうね

因幡の白兎など 大国主の命を知る上では 欠かすことが出来ないと言われています ならば

この説話は、「大国主の国づくり」の前に、なぜ他の兄弟神をさしおいて大国主が国をもったかを説明する一連の話の一部である。
この説話は、『先代旧事本紀』にあって『日本書紀』にはない。『日本書紀』では、本文でない一書にある「ヤマタノオロチ退治」の直後に「大国主の国づくり」の話が続く。また、『因幡国風土記』は現存せず、『出雲国風土記』に記載はない。
『古事記』上巻(神代)にある大穴牟遲神(大国主神)[1]の求婚譚の前半に「稻羽之素菟」が登場し、大穴牟遲神に「あなたの求婚は成功するでしょう」と宣託言霊のような予祝を授ける(説話の後半は大国主の神話#八十神の迫害を参照)。
今日では、「稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)が淤岐島(おきのしま)から稻羽(いなば)に渡ろうとして、和邇(ワニ)を並べてその背を渡ったが、和邇に毛皮を剥ぎ取られて泣いていたところを大穴牟遲神(大国主神)に助けられる」という部分だけが広く知られている。

 オフィシャルでは 述べられていないが 地方に残る言い伝えでは 諸説があり 多くの問題解決のための 策であったとも言われてます 複雑なので こちらを参考に どうぞ

 http://roots-hida.info/country-surrender/

わかりづらいので もう一度 漫画があったので 使わせてもらいます 次回に続く 大国主命・・・

麦わら帽子2017年3月22日

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オンデマンドです

テーマは
オープニング
ハコベ草のあとは
アブラムシが出て
神話の出だし
地域と生活
菌のある生活
エンディング
こんな感じでした 


今知りたいこと 其の壱拾 国譲り スサノウから アマテラスへ 出雲大社

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「因幡の白兎」、「大国主の神話」、および「大国主の国づくり」は 割愛させていただいて
次に進みたいと思います

スサノヲは出雲の国に降り、八岐大蛇(八俣遠呂智)を退治し、奇稲田姫(櫛名田比売・くしなだひめ)と結婚します。


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スサノヲの子孫である大国主(大己貴命・おほあなむち)はスサノヲの娘と結婚し、少彦名命(すくなひこな)と葦原中国の国づくりを始めました。

国譲り

葦原中津国平定(国譲り)、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話のことです

天照大御神ら高天原にいた神々(天津神)は、「葦原中国を統治すべきは、天津神、とりわけ天照大御神の子孫だ」とし、何人かの神を出雲に遣わした。大國主神の子である事代主神(ことしろぬし)・建御名方神(たけみなかた)が天津神に降ると、大国主神も自身の宮殿建設と引き換えに国を譲る。


詳細は「葦原中津国平定」および「天孫降臨」を参照してくださいね

高天原にいた神々は、葦原中国を統治するべきなのはアマテラスの子孫だとした。そのため、何人かの神を出雲に使わした。最終的に大国主が自らの宮殿建設と引き換えに、天津神に国を譲ることを約束する。


わかりやすく噛み砕くと

第四の使者である剣の神タケミカヅチ。早速オオクニヌシに国譲りを迫ります。すると、オオクニヌシは息子達に聞いてくれと、判断を息子達にゆだねます。
その息子のヤエコトシロヌシは美保の岬で釣りをしているというので、タケミカヅチはアメノトリフネで向かいます。やってきたタケミカヅチに対し、コトシロヌシは「お言葉に従います」と答えます。しかし自分の乗ってきた船をひっくり返して、ひっくり返した船に隠れてしまいます。この行動については諸説ありますが、内心では反抗している現れではないかと言われています。
もう一人の息子であるタケミナカタは力自慢の息子で、タケミカヅチに勝負を挑みます。
まずタケミカヅチの手を握ります。するとつかまれたタケミカヅチは手は氷柱にかわり、更に剣へとかわりました。これに驚いたタケミナカタは手を引っ込めます。そして次はタケミカヅチの番。タケミカヅチはタケミナカタの手を握りつぶします。これには敵わないとタケミナカタは逃げ出し、追いかけられてついには降伏します。
こうしてタケミカヅチはオオクニヌシの元へと戻り、彼の息子達の降伏を伝えました。そしてオオクニヌシは立派な社を建てる事を条件に、国を譲ることを承知しました。この条件として建てられたのが、出雲大社です。この出雲大社、当時の最も高い高層建築で、奈良の大仏よりも高いとあります。海難事故の多い出雲の地では、灯台のような役割もあったと言われています。
こうして地上の支配はスサノオの系譜から、アマテラスの系譜へと移りました。



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